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ゆ、許せんっ! [ギター]

この記事を書くために合計7時間を費やした。子供たちよ、心して読むように。

昨日ブルーガー版の楽譜を見ていたら中に挟まって古い雑誌の切り抜きが出てきた。その内容があまりにひどいので、ここにメモリする。

誌名や出版年は不明だが、おそらく20年以上前だと思われる。「楽典考」という連載の第8回のようだが、ここでバッハのBWV996(ホ短調の組曲)のプレリュードのPrestoの部分が取り上げられている。

そこにはまずこう書かれている。

2小節の動機が1小節ずれて2回出てきて「終止」になるという。そのあと

ようするに2小節の動機のリズムが前後入れ替わった旋律が重なっている、と言っているのである。

ひ、ひどいわ! というか、んなあほな。ロマン派以降の曲ならいざ知らずバッハがそんなブツ切れの曲を作る訳がない。誤解の原因のひとつは「終止」と言っている部分の混乱した解釈である。ここで旋律が団子になっていると思ったようで、これはもとをただせばブルーガー版の引き写しの結果である。ブルーガー版のこの部分を抜き出すと

ちょっと狭くて見づらいが先の雑誌切り抜きと、休符の書き方を除いて完全に同じ音符になっている。つまり切り抜きはブルーガー版をそのまま孫引きしていることが明らかである。

ところが、ブルーガー版の修正レポートを見るとこの部分に対して

の記述がある。
つまり、団子になったように見えるところはバッハのオリジナルでは次の小節に声部が繋がっているのだが、「技術的な理由」からこのような音符になっている、と説明している。ブルーガー翁が「ほんとは違うんだよ、気を付けなよ」とわざわざ言ってくれているのに、著者はそれを無視して勝手な解釈をしているのである。

ブルーガー博士に従ってちゃんと声部を分けて書いてみると出だしは(このために昨夜10.4の上でlilypondで書いた。バッハ協会の原典版は持ってないので参照していない)


となる。
8小節目のe'のタイをちゃんと書くと、赤丸(1)と(2)はフーガと言うより2声のかなり厳格なカノンのように聴こえる(実は後半ちょっと違っているのが対位法的ミソ)。テーマの長さは8小節、2声目は1小節遅れて5度下で入ってくる。タイで繋がった音はテーマの終盤のリズム的なキモであることがわかる。雑誌切り抜きが「終止」と見た部分はそのカノンが終わる直前に赤丸(3)と(4)の2回目のカノンが入ってくるところで、その小節だけ重なって声部の数が増えている。2回目は2声目が4度上で入ってくる。この続きは


となっている。アウフタクトが1回目は4度、2回目は5度跳躍で、調性感が横にちょっと腰をずらしたような変化(2回目はCがCisになって属調の平行長調へシフトするような感じ)があるし、声部(4)は圧縮されて(3)より先に終わってしまうが、一方(3)はそれを無視するかのように(2)の4度下の全く同じ音形を最後まで貫く。この曲はバッハにしては超名曲とは言いがたいけど、こういった展開は精妙でバッハのフーガらしい。
同じように2回目のカノンが終わるところで声部(5)と(6)の3回目のカノンが始まる。これはもうカノンとは言えず、それこそベートーヴェンみたいに展開されて行く。

このようにここまででも、もっと息の長いフレージングが必要なフーガになっていることがわかる。先の雑誌の誤解はブルーガー版を無頓着に孫引きした結果で、著者の解釈ではフーガは時間と一緒に横に流れていかず、シーソーのような、1小節おきの機械的な動きしかなくなってしまう。これではこの曲の、厳格なカノンとして現れたものが一見単純な繰り返しのように再び出てくるが、実はいつのまにか変形してどんどん流れるように変化して行く運動感と、それぞれの声部が自由に振る舞っているようなのに精巧に組合わさっている面白さはどこにも無くなってしまう。

この著者は当時のギター界の大御所で、若いギタリストたちがこれを読んで「これがバッハか。バッハとはこういうものか」と思ったとしたら非常に、まったく、とんでもなく残念である。この切り抜きはもう四半世紀前のもので著者も物故しているので、今はこんなことはないと思いたいが、ギター界ではどうもこういうことを目にすることが多いような気がする。
ほんっとに残念。


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たこやきおやじ

はじめまして。大変勉強になりました。
by たこやきおやじ (2008-05-29 17:32) 

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