SSブログ

ソルの「魔笛の主題による変奏曲」とモーツァルトの「魔笛」 [ギター]

ベートーヴェンと大体同じ時代のスペインで生まれてフランスに亡命したフェルナンド・ソルという作曲家兼ギタリストがいた。彼の一番有名なギター曲に「魔笛の主題による変奏曲」というのがある。言わずと知れたモーツァルトの最後の歌劇「魔笛」に出てくるメロディを主題にした変奏曲である、となっている。

ところがこのメロディ、「魔笛」を最後まで聴いても出てこないのよね。聴き逃してるのかなあ、と思ってググってみると「第1幕の終わり近くの合唱曲『なんてすてきな音だ』を主題にしてる」と書いているところがいっぱいある。

その合唱曲なら知ってる。でも全然違うで。雰囲気はまあ似ていると言えば似ている。でもソルの出だしの跳ねるような付点音符は出てこない。そもそもソルの曲に出てくるような4+4+4+4小節の2部形式になってなくて、もっと複雑な構造をしている。よく聴き較べてみるとモーツァルトのは前後の曲としなやかに繋がっているのに対してソルのはきれいにまとまって短く独立した曲になっている。

どういうことなのか。

このころはCDはもちろん「録音」というものは存在していなかった。一方で劇場はまだ貴族や金持ちたちのもので一般の市民が直接音を聴く機会は少なかった。彼らのために歌とピアノ独奏や連弾での伴奏、あるいはピアノでメロディから伴奏まで一手に引き受けるように編曲された楽譜がたくさん出版されていた。当時はテレビやラジオの放送もなく一般市民はそういった楽譜を手に入れて貴族の間でもてはやされている曲を夕食の後に家族で弾いたり歌ったりして楽しんだらしい。

ソルが本当に「魔笛」の公演に接したかどうかはわからない。でも当時「魔笛」はヒットしたらしくて、「魔笛」のドサ回りをソルがパリで聴いていたとしても不思議ではない。「魔笛」の原曲楽譜が一般に出版されていたかどうかは知らないが、でもソルの回りには楽譜も含めていろいろなレベルの(ものによっては程度のひどいものまで)再生産品がいっぱいあったはずだ。

「魔笛」には「いかにも魔笛」というような統一された、一見シンプルな独特の節回しが次々に出てくる。でもそのメロディは異様に長かったり案外複雑で入りくんでいたりする曲が多い。あまり複雑な曲は変奏曲のネタにはしにくく、できれば単純で、どちらかと言えば凡庸な曲の方が変奏を実り豊かにすることができる。そういう観点からすると「魔笛」の曲はどれもなかなか一筋縄でいかないのが多い。

そこでソルは考えた。ちまたにあふれてみんな知ってる「魔笛」を主題にしよう、でもまじめに取り上げたのでは変奏するには窮屈な曲ばかりなので、「いかにも魔笛らしく」一見かわいい曲で、でも変奏するにふさわしい主題をでっち上げよう、「魔笛」風に似せることは簡単なので誰も気がつくまい...

その結果、ソル一番のギターらしい、目の覚めるようなきらびやかな効果の上がる名曲が出来上がった、ということではないのだろうか。それとも案外、一回は聴いたんだけど、結局うろ覚えで適当に変形してしまったということなのかもしれんけど。

どっちにしても単純な主題になったことで変奏の効果がぐん、と上がってソルはこの一曲だけでも後世に名を残すことになった。よかったよかった。

たまたま「魔笛」(モーツァルトの歌劇の方の)を聴いてて思い出したので。


nice!(0)  コメント(8)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 8

98user

ソルによる魔笛の断片は作品19にもありますよ。またフェルディナンド・カルッリの作品276に同じ主題で「魔笛の主題による変奏曲」があります。魔笛は有名なオペラだったらしくかのベートーベンもピアノによる「魔笛の~変奏曲」を書いていますが、主題の方は違うようです。ソルの特徴的な付点音符と違いカルッリのはソルの小品に似たト長調ですね。
by 98user (2017-01-13 23:40) 

decafish

コメントありがとうございます。

僕はオペラはあまり好きではない(特にドニ○ッティやプッ○ーニなどのオペラの中には「聞くに耐えない」と僕には思えるのがあります)のですが、モーツァルトのオペラは好きで「コジ」などはあれがなんで人気がないのか僕にはわからいくらいです。その中で特に「魔笛」はわざわざ公演を聴きに行ったほど大好きなオペラです。

「魔笛」は破綻のある子供じみたシナリオなのに、その音楽は晩年のモーツァルトらしいしなやかさと完璧さを持ちながら、分かりやすくキャッチーなメロディにあふれていて、僕はただずっと聴いていたい、と感じてしまいます。

ベートーヴェンのピアノ曲に魔笛の変奏曲があるのは知りませんでした。ピアノ伴奏のチェロの曲だと、チェロ弾きが好きなのかときどき聴くことがあります。この変奏曲はパンフルートを吹きながらパパゲーノが歌うアリアがテーマで、特徴的なメロディがほとんどそのままの形で提示されるので「あ、あれだ」とすぐわかります。

カルリのもどこが「魔笛」なのかよくわかりませんが、ベートーヴェンと一回りほど下なだけのソルが、ほんとにどこからこのテーマを持ってきたんでしょうか....

by decafish (2017-01-14 13:39) 

98user

>パンフルートを吹きながらパパゲーノが歌うアリア
昔、小船幸次郎氏が現代ギター誌に原曲の楽譜を載せていました。
そこでの題名は「愉快な鐘!」だったと思います。
本当にちょっと聞いただけではどこにソルが惹かれたのか・・と思います。
魔笛のオペラを聞いて印象に残るのは超絶音域の黒の女王のアリアのはずで、その時代はごまかしてオクターブ下げて歌ったから印象に残らなかったなんてことはないはずです。当時はピッチが若干低かったそうですし。それなのにテーマを埋没した楽曲から持ってきたこと自体不思議です。ベートーベンのピアノ曲は録音が見つかりませんね。よっぽど不評なんですねぇ。
by 98user (2017-01-15 19:20) 

decafish

夜の女王の復讐のアリアは僕には器楽の旋律にしか聴こえなくて、いくらなんでも、という気がしないでもありませんが、あれをちゃんと歌うソプラノがいるんですよね。すごいことです。
それでもイタリアオペラにあるような化け物じみた(失礼)コロラトゥラ用のアリアに比べればずっと人間的で格調高いと僕は思います。

残念ながら「愉快な鐘!」という曲は僕はよくわかりません。ベートーヴェンがチェロ用に書いたのは「魔笛」の最初の方にでてくる「鳥刺しの歌」でこれは他の作曲家のでもときどき聴きます。
by decafish (2017-01-16 09:53) 

kuma1015

魔笛の主題による変奏曲、は第一場17幕の、きれいな鈴の音、がもとになっています。今はyoutubeにも上がっています。
途中から同じメロディーが聴こえてきます。
https://youtu.be/UCQDGQVRMVU
by kuma1015 (2018-11-01 17:10) 

decafish

コメントありがとうございます。

「きれいな鈴の音」は『なんてすてきな音だ』のことですね。パパゲーノがモノスタトスを追い返してパミーナを解放するシーンです。確かに似ていて最初の4小節のコード進行は同じなのですが、本文にも書いたようにこの奴隷たちの歌には付点音符はありません。

この前にパパゲーノが歌う「Komm, du schönes Glockenspiel云々」のメロディを引き受けて、というか、つられて歌いながら部下の奴隷たちが退場する歌で、そのパパゲーノのメロディもその前のパミーナとの二重唱に呼応しています。
パパゲーノが登場してからずっと愛らしくて単純なメロディの連続に聞こえるのですが、変奏によって変化と一貫性が音楽によって伝わってくるモーツァルトらしい作りになっています。

僕はモーツァルトの歌劇の中でこの「魔笛」が一番好きで、その音楽は「ジョバンニ」や「フィガロ」よりもさらに良くできていると思っています。

ソルもそう思いながら、その先に変奏を続けた結果、こうなったのかもしれません。
by decafish (2018-11-02 12:52) 

わーい

>「いかにも魔笛らしく」一見かわいい曲で、
>でも変奏するにふさわしい主題をでっち上げよう、
>「魔笛」風に似せることは簡単なので誰も気がつくまい...

というのとはちょっと違うような気も……
「魔笛に使われてるメロディーの一部分を貰って
それを変奏曲の主題にしやすいように編曲して
それを主題にした変奏曲にしよう」
つまり
『魔笛の一部分をもらってきて編曲した自作主題による変奏曲』
って感じに自分は捉えました。

なので
『魔笛の主題による変奏曲』の主題は『なんてすてきな音だ』である
という書き方でも決して間違いではないと思います。
少なくとも「でっちあげて」ってことはないでしょう。
by わーい (2020-02-04 16:04) 

decafish

コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、まさしくそうだと僕も思ってます。記事の表現はそれをちょっと極端に書きました。

当時の「一般に知られた主題による」変奏曲のスタイルでは、少なくとも提示は原曲に忠実な場合が多かった(例えばソルの時代以前に量産されたフォリアの主題とか)と思うので、「『なんてすてきな音だ』の主題による」と言われると、ちょっと違和感があります。まあ、記事でも書いたように借用主題の変奏曲というのは(その後の時代でも同様に)「主題」そのものは単純な場合が多く、その「忠実度」は簡単に達成されるようですが。

また、当時のスタイルでは例えばモーツァルトの「きらきら星変奏曲」のように「 "Ah, vous dirai-je, maman"による」と、引用元を明示するのが一般的でした。

なのでもしソルが『なんてすてきな音だ』を主題にしたなら、そうタイトルにするはずで、「魔笛の主題による」というのは当時としては曖昧すぎる書き方だったと僕には思われます。

つまり主題は、「魔笛」に着想を得たソルの創作で、しかしそれでは訴求力が低い(ソルは楽譜を買ってもらわないといけません)ので「魔笛」の名前を借用した、というのが実態だったのではないか、と思ってこの記事にしました。僕にも記事を読んでもらうためにはソルと同じように訴求力が必要ですので。

いかがでしょうか?
by decafish (2020-02-05 08:32) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

献立08/07献立08/08 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。