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ショスタコーヴィチ交響曲第15番の調性/無調の話 - その4 [音楽について]

ショスタコーヴィチの交響曲15番を調性感に注目して聴いている。これまで第1楽章の第1主題第1楽章の残り第2楽章と、譜例をたくさん上げながら聴いてきた。今日は第3楽章....

5  第3楽章

第2楽章の最後のファゴットのd、aの五度をドミナントに見立てて、第3楽章頭のト長調に落ち着いてattaccaで(連続して、休みなしに)始まる。

5.1  主部の主題の構造

クラリネットがAllegrettoの主題を吹く。この主題は3小節ごとにまとまった12小節でできている。まず最初の3小節は
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というようなきびきびとした、ちょっとエキセントリックなところがあるけど、クラリネットの音色のせいもあってどちらかと言えば明るいめのフレーズで始まる。

上鉤括弧で示した3つの音はト長調の中で半音低いF#の和音になっている(b音はaisのエンハルモニック)。譜例のXに書いたように、これはちょうど第1楽章のフルート主題(1-1)がA♭の和音からイ長調に落ち着くのと同じ音程構造で、第1楽章でたくさん聴いたおかげで、Gの和音への解決感をもたらす(第1楽章のフルート主題を「イ短調だ」と思って聴いた人にはそうは聴こえないだろうけど)。

そしてその次の小節は、譜例のYに書いたように第1楽章でカノンの材料になった(1-9)のフレーズでできている(Yはカノン主題の頭8音を移調したもの。完全四度と増四度の順番が逆になってたり、跳躍が拡大されたりしてるけど、これも音程構造はそっくり)。つまりこの3小節の主題は、第1楽章で出てきた素材のちょっと遠めの変形だけからできていることがわかる。

そしてさらに、上に12音の番号をふったのでわかるけど、これも第2楽章にたくさん出てきた、フレーズ中に12音が1回ずつ全てでてくるようになっている。

次の3小節のフレーズは完全にこの「反行」になっている(反行を確かめるためには、半音ごとにふった番号は半音高くなるごとに増えるので、最初の3小節の半音番号を$n$とすると、${\rm mod}(8-n,12)$(${\rm mod}$関数は引き算が負になったときのため)が次の3小節と一致することで確認できる)。
0301clatheme2Of3.png
次の3小節は最初の3小節と全く同じで、さらに最後の3小節も
0301clatheme3Of2.png
というふうに律儀に、また12音が1回ずつ全部現れる。この12小節で全48音あって、半音階の12音が都合4回まんべんなく現れていることになる。

しかし十二音技法のような感じではまったくなく、いわゆる「A-A'-A-B」形式のト長調のメロディだとしか聴こえない。それはひとつには五度を保ったファゴットの低音伴奏の印象が大きい。

僕は大学の頃、この曲が好きで全音のポケットスコアを買って眺めていた。そうしているうちに第3楽章のこの事実(第1楽章の素材と第2楽章の手法を組み合わせた上で十二音になってる)を自分で発見して嬉しくなった。このたった12小節の主題をショスタコーヴィチがいかに入念に彫琢をほどこしたか、というか、彫琢をほどこしていながらなんでもないように聴こえるということに驚いた。

このあと4小節の経過部
0301afterthemeOf3.png
がくる(譜例の小節番号が29になってるけど、これは弦楽による部分で、木管による13小節からと全く同じ音)。このあと全く同じ音を使ってソロヴァイオリンで経過部を含めて繰り返される。

この経過部も調を変えずに何度も反復される。この後半2小節はd音の周りに半音で衝突する音ばかりが出てきて和声的には厳しいけど、聴くとただのト長調のジンタのお決まりフレーズのように聴こえる。

次に3拍子の要素が現れる。
0301conjOf3.png
フルートとクラリネットがディミニシュトスケールのフレーズを吹くけど、それぞれ異なる調のスケールになっていて交錯する。

5.2  経過部の素材

さらにすぐ次には2/2と3/4が行き違う
0301otherfrOf3.png
が現れる。この高音木管のフレーズは主題の後半部分が引き伸ばされたもの、というか今度は第1楽章のProlation canonの素材になった(1-9)の最初の5音と全く同じである。同時に鳴らされるホルンは直前の3拍子フレーズを繰り返していて(ショスタコーヴィチのスケルツォにときどきある調子のいいリズムである)、低音のファゴットは第1主題の伴奏を横に展開しただけの、3声のどうということもない対位法的なフレーズだけど、拍子だけでなく和声的にも混交していて、だけど全体としてはそれほど不思議はない、というこの楽章らしい音響になっている。

5.3  トリオ

この音形と経過部の音形が変形しながら繰り返されたあと、トロンボーンのスライドグリッサンドを受けてホ短調に落ち着いたティンパニに引っ張られたかっこうでトリオ(中間部)が始まる。
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トリオ主題の先頭はトリオを先導したトロンボーンの(さらにはそれに先行するトランペットの)リズムから余韻を反芻するように受けたものである。

ちょっと変な音は含まれているけど、これもメロディは完全に調性的である。コードネームを書いたように、これは第1楽章の第2主題の伴奏の進行と同じ(最低音はhが残っていて遠い調の接続感を和らげる)になっている。主部の主題との対比のはっきりした、ちょっと淀んだような後ろ向きな感じのある主題になっている。

このあと主部の経過部の音形などと入れ替りながら進んでいく。主題を繰り返すためにトリオを先導したトロンボーンのスライドグリッサンドがもう一度、今度はグリッサンドの音価が12倍に引き伸ばされて現れる。
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これもまたなんとも厳しい和音がついているけど、最低音(チューバとバストロンボーン)がいつも完全五度で、最終的にB7-9→Em6とホ短調に解決する。響きとしては和声的な、なんとなくジャズっぽい雰囲気がする。

割り込むようにして現れる五度が第2楽章の最後と同じ動きになって主部に戻る。

この楽章では主部とトリオの主題はほとんといつも同じ調(コーダでトリオ主題が嬰ト短調になる以外は全部同じ)で、しかも必ずクラリネットとソロヴァイオリンで鳴らされる。そしてショスタコーヴィチ にしては珍しく、経過部や主題以外のフレーズは変形されて展開するんだけど、主題は展開せず、フレーズまるごと変形なしの繰り返しばかりである。そのため印象に残りやすいんだけど、どこか硬直した感じも残ることになる。このパターンは10番の交響曲以降にときどき見られる。

ここでもういちど英語版のWikipediaに反対する。最後の部分で「四度上昇でト短調に終結する」と書いてある。これは僕の解釈ではジャズによくあるパターンでト長調に終結してる。つまりコード進行を示すと
0301endOf3.png
で、ジャズを知ってる人ならすぐわかる絵に描いたような、典型的なフラッテドフィフスの連続によるカデンツになってる。このコード進行では長調の和音に落ち着くのが定番である。

もちろん、このフレーズは単音なので解釈の違いでしかないんだけど、どうも英語版のWikipediaは和声に関する感じ方が僕とは全然違っている。いったいこれを書いた人は、例えばこの楽章全体をどう聴いたんだろうか。最後だけ短調だとすると唐突だし、全部が短調だとすると印象は全然違うんだけど。

5.4  第3楽章全体として

第1楽章第1主題は調性的で第2主題は十二音だったけど、この楽章では主部の主題が十二音で、トリオ主題が調性的になっていて、さらに伴奏の和音進行が第1楽章第2主題とトリオ主題で同じになっていて、交差した関係になっている。第1楽章との対比を作曲者が考慮した結果だろうけど、それを意識して聴く事はなかなか難しい。

また、面白いことにこの楽章では三度音程を欠いたいわゆる空虚五度の和音を除いて、1楽章2楽章では要所要所で締めるように現れた協和音が一切出てこない。伴奏的な和音はすべて半音の衝突を含んだ不協和音になっている。また、和声のはっきりしない対位法的な部分もやはり半音の衝突があたりまえに入っている。

そのせいで、この楽章単独では短調なのか長調なのかは判断が難しいけど、最初の主題が1楽章の第1主題からできていると思えば、主部は長調、トリオは短調と考えるのが素直だろう。実際に僕にはそう聴こえる。

それがなぜかと考えると、その音響の印象が大きいと思う。この楽章の不協和音はどちらかと言えばマイルドで、譜例をあげたトロンボーンのスライドグリッサンドのように、ジャズのテンションのような響きが多い。対位法的な部分での音程の衝突も、声部のリズムがそれぞれ違っていてぐちゃっ、とした音響になることを避けている。音響は計算されているけどそれぞれの楽器声部が勝手に鳴っているかに聴こえるように、実は緻密に設計されている、という対位法の極致なのかもしれない。

また、楽章を通じてトゥッティ(全合奏)もなく室内楽的な音響で、全体としてはショスタコーヴィチによくあるヒステリックな印象は非常に少ない。また同様に彼によくある皮肉や風刺、あるいはブラックユーモアといういうような、否定的な雰囲気はあまりせず、どちらかというと辛辣ではあるけど、捻りの効いた頓知話のように聴こえる。最後はその頓知話の「オチ」のような終わりかたになっていて気の利いた感じがする(最後を短調だと思って聴くと印象は全然違うだろうけど)。
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