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ヤルヴィ・ゲルネ「角笛」 [クラシック]

今夜のEテレクラシック音楽館はゲルネでマーラーの「子供の不思議な角笛」だった。ゲルネは初来日の時に女房と藤沢で聴いて、いろんな意味で驚いたバリトン。みんなオペラばっかりやってリートをやる歌手が少なくなって寂しく思っていたので、すごく頼もしく感じた。そのうちあれよあれよと言う間にトップクラスのバリトンになって他人事ながら嬉しかった。

「角笛」は同名の童謡詩集からマーラーが選んだものを歌曲にしたもの。子供に見られる幼稚で残酷でわがままでグロテスクで視野の狭い愚かさを、マーラーが面白がって取り上げたかのような曲集になっていて、マーラーらしいと言うか、マーラーがその性質を自身に持っていて自己嫌悪を伴った共感が現れているんではないか、とも僕には思える。

ゲルネが歌うとそういうマーラーの皮相的なところはあまり目立たなくなるように聴こえた。それよりもオーケストラの長調と短調が気まぐれに入れ替わるときや、木管楽器の間でフレーズが受け渡されるときに音色が変化するのに従って、歌のニュアンスを微妙に変えていく。言葉以上の何かを音楽で伝えようとするマーラーの本来の意図がわかるような気がして、僕は気に入った。オーケストラがそこまで気を使って音を出してるか、というと残念感がちょっとあるような気がしたけど。

女房は僕の横で一緒に聴いていて、ゲルネが歌手としての盛りを過ぎたみたい、と言っていた。これまで聴いたゲルネはビブラートが少なく音程がはっきりわかる歌い方をしていたけど、今日のは確かに低い音で聞き取りにくいときがあった。高音では声の伸びを期待するような曲ではないのでよくわからなかったけど、女房は気になるところがあったようである。

50を過ぎたところだからバリトンならまだまだやれるはずである。ゲルネには頑張って欲しい。若い歌手でこういう知的なリート歌いが見当たらないのも残念である。僕から見たらみんなオペラをやって破れ鐘のような声を上げるせいで、脳みそと髄膜に隙間ができてしまって、知的な歌に困難が伴ってるんではないか、と思ってしまう。たまにはリートをやったほうが老後のためにもいいのではないだろうか。
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