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「オーデュボンの祈り」読了 [読書]

伊坂幸太郎著、新潮文庫。

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先月娘に借りたんだけど、実は又借りだった。汚さないようにして読んだ。
非常に読みやすい。最近のなんとか小説みたいに会話ばかりというわけではないのに、読んでると行間が白く感じる。読んでいて気がついた。一行あたり、一文あたり、一ページあたりの情報量が非常に均一なんだ。おそらく圧縮感がないように注意して書かれている。これはこれでなかなかたいしたもの。

「あの伊坂幸太郎」のデビュー作らしい。牡鹿半島の南にあるという架空の「萩島」につれてこられた伊藤という男の話。伊藤は彼女と別れてコンビニ強盗をはたらいた末に捕まりパトカーから逃げ出したあと、轟という男になぜか百五十年もほとんど人の出入りがないという孤立状態の萩島につれてこられる。その閉鎖された島で起こる出来事をよそ者として伊藤は傍観する。

たった数日のうちにいろいろな事が起こって死人も何人か出るのにも関わらず、その出来事はぽつり、ぽつり、と沼に泡がわき上がるように閑散と発生しているように見える。それは主人公である伊藤が島で起こる事件とは無関係で彼にとって他人事だからだけど、それ以上にこの主人公の集中力が低い、と読んでいて感じてしまうせいが大きい。

物語のもう一人の主人公である喋る案山子の「優午」は前半の終わり部分で殺される、というかバラバラにされてもうしゃべれなくなる。伊藤は最初、しゃべる上に未来を知っているという優午に驚くのだけれども、なぜかとりとめのない連想以外の感慨を持たない。優午がバラバラにされても伊藤は状況を訥々と説明することしかしない。未来を知る優午がなぜ自分の死を予見できなかったのかという疑問を抱くけど、その疑問を解決するために島内の調査を開始するということはしない。読んでいるうちにこいつ、どうも集中力に欠けるな(部下にしたくないな)、という主人公に対する印象が出来上がってしまった。

一見不思議な人々がいろいろ出てくるが、その不思議さの原因あるいは成り立ちは一応すべて(案山子が喋ることについてまで)説明される。理解できない不思議さではなく、たとえそれが狂人であっても読み手が納得しやすい説明がなされる。でも、本当は狂人の心理は常人には理解不能で、だからこそ狂人であって、理解可能な狂人などありえない(もし可能であるなら「狂人」とは単なる差別に過ぎなくなる)。

ネタバレになるから書かないけど何でも反対のことを言う画家や、最初から最後までいつも伊藤のすぐ近くにいて、その場その場の状況の理解を補強する「日比野」なんかは、人物を適当に作って説明をでっち上げました感が強い。しかもその人物が物語の核心に近いところにいたりする。また、「城山」という悪人も出てきてそれがいかにも嫌なやつという書き方で、悪人としての魅力はなく最後には結局成敗されることになる。あれえ、そんだけえ?

なんかどうも、日常とは違う世界を描きながら、過激な表現はできるだけ避け、わからなさ加減も口当たりよく、悪人はやっぱり報いを受け、最後は別れた元彼女との和解を暗示してハッピーエンドとなる。はっきり言おう、ぬる〜。

いや、これは否定ではない。ぬるいことが重要なのだ。ほら、あなたのような集中力のない人でもこんな摩訶不思議な世界を体験し、それを理解し、そこで困っている人を助け、悪人を成敗することができるんですよ、主人公と一緒に楽しみましょう、ほら、楽しいでしょう、と読者に語りかけている小説なのだ、これは。

その意味でデビュー作にしてはよくできている。この意図された制御性は評価できる。文学性の放棄つながるかも知れないけど、最初に書いた情報量の制御といい、やりたい方向性がちゃんと技術を伴ってはっきりしている。

それともうひとつ、気がついたことがある。残念ながら伊坂幸太郎は比喩が下手である。

ところで、巻末の「解説」は「なんとシュールな小説か」で始まっているが、これ、シュールかあ?

「シュール」という言葉は使い古されてしまってイメージが固定してしまっているせいもあるけど、そう呼んだら逆にこの小説の魅力は半減してしまうような気がする。べつにブルトンやエリュアールなんかとくらべる気はさらさらない(あんな面白くないものとくらべても仕方がない)けど、「シュールな小説」というと安部公房倉橋由美子筒井康隆山尾悠子とかいう名前を連想してしまう。ぜんぜんちがうがな。解説者はどんな小説をシュールと思っているんだろう。それに僕の基準から言うと「シュールな小説」とはまずその前に知的でなければならない。「オーデュボン」はその基準からはずれる。ところでこれでついでに思い出したけど山尾悠子の「遠近法」はすばらしかった。ああいうのをまた読みたいなあ。


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