「庄司紗矢香&カシオーリ」リサイタル

さっき横浜から仙台に戻ってきた。先週もうちに帰ってるのにまたなのは、昨日（11月6日）のミューザ川崎の午後のコンサートに女房と行くためだった。

お題はヴァイオリンソナタ３曲で

1. ベートーヴェン5番「春」
2. ベートーヴェン7番
3. ブラームス3番

だった。

女房が「カブリツキの席」というのでアリーナ席だと思っていたら、舞台上手そでの真上2階席の最前列。ピアノの鍵盤が真っ正面に見える。
1階のアリーナはほぼ満席だけど階が上がるにつれて空席が増えて4階席は僕が見る限り二人しかいなかったが、そこそこ盛況と言っていい。

二人が出てきて演奏を始めると、女房の選んだ席は案外いいということがわかった。紗矢香ちゃんの右肩越しにちょうど彼女の視線と同じ方向にヴァイオリンと左指が見える。彼女のなんとも細い腰や薄い肩、そして右肩から肘、二の腕にかけての発達した筋肉の動きや骨と皮だけに見える細い手首とか、意外と上下のモーションの大きな左指の運指とかがよく見えてうれしかった。彼女が弓の持ち手のところをドレスの腰骨のあたりで拭いているところも見てしまった。ピアニストのカシオーリ君が椅子の上で尻をずらすのもよくわかった。

紗矢香ちゃんは、最近よくいるような細い音色ではないということは前回プロコフィエフのコンチェルトを聴いてわかったけど、ぶりぶりでかい音を鳴らすわけではなくてどっちかというと音量は小さめのヴァイオリニストだということが今回初めてわかった。しかし、ピアノの反響板がおおよそ40°の、コンチェルトでもやるような向きになっていて、正面の席の人はさぞうるさかっただろうと思う。アリーナの人たちにはきっとヴァイオリンの音は上に逃げてしまって、ピアノだけががんがん聴こえるような感じだっただろう。音響的には不利かと思った席だったけどこれもむしろ良かった。僕らの席でもヴァイオリンの低音弦の音は、ピアノに埋まってしまうように聴こえることがあった。

さてその演奏だけど、どうも理解できなかった。
ベートーヴェンでは二人の息が合っていない、というかそもそも合奏の基本であるリズムの取り方があってないように聴こえた。紗矢香ちゃんはベートーヴェンをインテンポで進めようとするのに、ピアノのカシオーリ君はどうもフレーズの頭の多くにタメが入る。紗矢香ちゃんが小節の強拍から始まるフレーズには突っ込むように始めるのにカシオーリは「んっ」と言う感じで一瞬遅れる。そう言う場面が頻繁にある。

「春」のスケルツォではそれが破滅的に現れてた。歯車に物が挟まった機械のようなギクシャクと行ったり来たりするようなおかしな音楽になってしまった。一方でその前のアダジオ楽章では、紗矢香ちゃんは歌うというよりは考え込むような音楽に聴こえた。それ自身は悪くはないんだけど。

7番はベートーヴェンの個性がずいずい前に出てくるような名曲だけど、やはりリズムの取り方があわない。あんな間近なのにときどき聴いていてリズムを見失ってしまうことがあった。そのせいで曲の持っている陸上選手の足のような推進力がそがれてしまう。彼女らしい集中力を見せる場面もあったけど、そういうところに限って裏切り者に後ろ向きに引き倒されるような感じがあった。僕にはこのピアニストがベートーヴェンをどう弾こうとしてるのか聴いていて全然わからなかった。そうじゃないだろ、ベートーヴェンって、と僕には思えた。

ベートーヴェンが終わって休憩時間に女房と話してみると、女房もまったく同じ印象を持っていた。その上、女房は紗矢香ちゃんが「のびのびとしていない」と言う。僕はその辺は彼女のキャラもあると思って聴いていたけど、そこは女房の言った通りかもしれない。

休憩後のブラームスは、ブラームスだということもあって彼らの間の齟齬は目立たなくなった。アダジオは今回のなかで一番よかった。しかしフィナーレはまた、アジタートな感じのリズムを持ったフレーズを紗矢香ちゃんがその通りきびきびと鋭く弾くのに、ピアノが懐柔してしまって丸っこくノッペリした感じにしてしまう。

どういういきさつで組むことになったのか知らないけど、どうも僕には、そして女房も同じ意見だったけど、紗矢香ちゃんにはこのピアニストはあわない、と思える。彼女にはもっと機動性の高いピアノがあっていると思う。音が鳴り終わると同時にブラボーを叫んだバカ、いや、そういう人がいたけど、他の人たちはどう聴いただろう？

僕は紗矢香ちゃんの集中力の高い音楽が好きで期待しているが、女房のほうはどうやら今回ので急速に彼女に対する興味を失っていってるらしい。僕は今回聴いてて、彼女のイザイの無伴奏を聴いてみたいと思った。やらないかなあ。