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ショスタコーヴィチの交響曲15番 [音楽について]

ゲルギエフの録音を聴いて。

15番はショスタコーヴィチの最後の交響曲で、実はショスタコーヴィチのたくさんある曲の中で僕の一番好きな作品。ゲルギエフのところにも書いたけど、僕はこの曲がショスタコーヴィチの一番の傑作だと思っている。

中学生のときに作曲家の息子マキシムが初演したというニュースを新聞で(写真入りで)読んだ記憶がある。そのときは「ソ連の作曲家ショスタコーヴィチの最新の交響曲」というだけでどんな曲なのか全然わからなかった。しばらくしてマキシムのモスクワでの録音がレコードになったのでお小遣いで買ったのを覚えている。

15番の交響曲はショスタコーヴィチがいつもやるパロディックな引用がそれこそ山ほど出てくる。あまりにあからさまなロッシーニの「ウィリアム・テル」のお気楽な行進曲風の断片や、4楽章でくどいほど繰り返されるワーグナーの短い動機が目立つけど、自分の過去の曲のセルフパロディもいたるところに現れる。

こういった引用にいちいち理由付けや説明を求める解釈もあるみたいだけど、僕はそれは虚しいと感じる。というのはこういった引用は非常に個人的な、主観的な理由によるもので、おそらく書いた本人も言葉では説明できないものだと思う。もともと音楽はそういう部分を持っている。しかもこういうことをショスタコーヴィチはこれまでの曲でさんざっぱらやってきた。いつも聴き手に謎を残すけど、それが解明されて意味が明らかになることは決してない、と僕は思う。

でもそれでいいのだ。バカボンのパパなのだ。事実と論理に基づけばすべてが明らかになるといのは西欧的な幻想である。「ウィリアム・テルのロシア語表記の最初の3文字とレーニンのイニシャルが共にВИЛである」なんて言う話もあるみたいだけど曲を聴いた後では、だからどうした、という感じが残るだけ。そんなことがわかったって今聴いた曲がわかるようになったか、という疑問が起こってしまう。

人生には理性的に、つまり言葉を使って説明不可能なことはいっぱいある。言葉で情報をやり取りする人間にとって、そういったことを他人に伝えることは原理的に不可能である。しかし、同じ経験をしている者どうし共感はひょっとすると可能かもしれない。ショスタコーヴィチはそういった原理的に伝達不可能なものを伝えようとしているのではないか、と僕は思う。いろんなところに知ってるメロディが出てくるのも、同じ印象を共有するためなのだ。ほら、このメロディを聴いて楽しかった、あの時は若い彼女と一緒でよけいにそうだった、そのときの気分を、まわりの様子を思い出そう、と。

主観的に書かれた曲には、主観的な聴き方をすべきで、それこそがショスタコーヴィチが書きたかった、そして聴いてほしかったことではないのか。




ということでとことん、主観的な解釈をしてみる。

まず、第1楽章では

これまでの人生を概観する。僕の人生は幸運と空回りのごちゃまぜだった。克服不可能な問題はなかったけど、多くの問題を克服できたのはただラッキーだっただけで克服のための努力は結果的には徒労だった。それでも生きながらえ、それなりのニッチを確立した。ただ暗雲も覚えているし、どうしようもなくこんがらがったこともあった。でも、楽しかったか、と訊かれれば楽しいことはいっぱいあった、と答えることができる。

では、第2楽章は

僕の愛するもののことである。思春期のころ恋した女性には答えてもらえなかった。物理学を愛したけどとうとう自分のものにはならなかった。愛することのできる家族ができたけどいずれは離れていくことを今思い知らされつつある。僕は一人考え込む。

それから第3楽章は

20年以上を費やしている仕事のことである。どうしようもなく複雑なものを相手にしている、と思っていたがそれは実は自分たちでそうしてしまったという面がある。一見混乱してるかのような仕事上の問題は実は分解すれば簡単で、分解の仕方に気がつかなかっただけだった。そして物事は機械仕掛けのように進んで行く。

そして終楽章

自分の人生を内側から、つまり自分で見直してみた。一人で静かに、でも鼻歌でも歌いながら歩いてきた。完全に新しいことは存在せず、いつもどこか聴いたことのある話ばかりが繰り返されてきた。ふんふん、そうだよ、そんなこと知ってる。あたりまえじゃん。いつも鼻歌を歌いながら、でも心の底ではそれなりに波乱もあった。ときどき、忘れることも消し去ることもできない苦い後悔がのしかかってくる。そして最後は笑うともなく泣くともなく曖昧な表情のまま人生を退場する。でもそれが人生の中で一番美しい時間だったりする。

.....

なんだ、この曲は僕の人生そのものじゃないか。いや、この曲はショスタコーヴィチの人生そのものでもある。もちろんショスタコーヴィチの人生は僕みたいなお気楽なものではなかったけど、僕だけじゃない、あらゆる人がこの曲の中に自分の人生を見ることができる、見ようと思えば。

これが傑作でなくてなんだ?


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