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「地を這う魚」読了 [読書]

吾妻ひでお著、角川書店。

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去年の出版直後に買うのをためらっていたら、あっという間に本屋の店頭からなくなってしまった。あわててAmazonに注文しておいた。重版があったらしく先日届いた。

「あづま」が「愚魂印刷赤羽工場」というところでプレス機のようなもので「奴々(どど)」を成形する仕事をしていてその奴々に噛まれ、その後まわされた「ぐずり」の梱包作業ではぐずりに首を絞められるので、「石森章太郎先生のアシスタントに採用されました」と嘘をついて工場をやめるところから始まる。

吾妻本人以外のメインの登場人物は、男性であれば鰐アリクイ馬犀などすべて動物の姿で描かれる(女性はそのまま人間の形に描かれている)。そしてどのコマにも空中には魚が泳ぎ、床にはカエルやイモリや目玉に足だけが生えたようなのや手足の生えた魚などが足の踏み場もないほどうごめいている。たまに畳を突き破ってモリが出て危なかったりする。

外に出ると、瓦屋根の上には蛸がのたうち、サラリーマンや女子学生やロボットやその他得体の知れないものを乗せたとても飛ぶとは思えない形をしたメカが空中に浮び、大蛇が電柱に巻き付いたり、エイが飛んだり、その他その場限りの妖怪化け物怪獣が画面いっぱいに埋め尽くされている。吾妻本人も奴々にずっとまとわりつかれている。いや、ひょっとしたらこの奴々だけは飼っているのかもしれない。

これまでの吾妻ひでおを読み慣れた人にはそれが日常の表現だということはわかるのでそれほど違和感のないものだけど、一歩引けば異様な世界である。

その絵はといえば、枠線以外、まったく定規を使った線がない。すべてがフリーハンドで描かれて机や窓枠などの外形、ビルの稜線までも微妙に揺らぐ。

スクリーントーンもいっさい使われていない。ベタとフリーハンドによるハッチングか点描で濃淡が表現されている。

ようするに人間の頭の中で形が与えられ、手を使って描かれたものだけが画面に現れる。そして掲載誌の判型の違いがあるのか、後ほど線が細く、描き込みが緻密に、異様なものの数が増えていく。

これは、実写のトレースによる異常に見えるほど正確なパースの背景や、色の濃さに従ってデジタルに2値化パターンを生成した陰影処理が当たり前になっている最近の漫画に対するアンチテーゼになっている。

もちろん「手描きの方が暖かみが」などというつもりはない。しかし「何を表現したいか」はまったく違って見える。現物をトレースして描いたたいていの絵からは、まるで何かに漉しとられたかのように現実感が伝わってこない。逆に吾妻のように空想のものをフリーハンドで描いたものには妙な存在感がある。これは漫画の逆説である。おもしろい。

もちろん現実には存在しない怪獣妖怪や、生き物のようなメカをトレースして描くことはできないし、そんなものの背後に現物をトレースした風景があったらなじまない。そう考えるとトレースによって表現の幅がかえって狭まっていると思うけど、まあ、それはそれ、これはこれ。

「不条理日記」で驚いてその後の「八犬伝」や「メチル・メタフィジーク」で大喜びした僕としては吾妻ひでおが健在なのはうれしい。ただ、「不条理日記」以降のように全く行き当たりばったりに次々に新しいことを試しているかのような勢いはないし、にぎやかな画面なのに静かにまとまりすぎた感じがするのでちょっと寂しい。でもこれは吾妻にしかできない表現なので、じっくり煮詰めていってほしい。更なる深化を期待。


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