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「ブラインドサイト」読了 [読書]

ピーター・ワッツ著、嶋田洋一訳、創元SF文庫。
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ぜんぜんいまいちだった。

あるとき突然地球を取り巻くようにドローンと思われるものが大量に出現する。それらが情報を伝達していると思われるところに第1弾、第2弾の無人調査隊を向かわせるが、到達直前に目標が消失する。そのあとオールトの雲の手前に受け手と思われるものがあることがわかり、第3弾として有人の宇宙船を向かわせる。

その調査隊は非常に特殊な人選がなされていた。大脳の片半球を切除した男、内部に4人の人格を持ってそれが交代する女、ドローンの兵士を自分の身体と同様にあやつれる軍人、いろいろなセンサで自分の感覚を拡張した生物学者、それに吸血鬼。彼らは現場で発見した褐色矮星の周辺をまわる物体とコンタクトを取ろうとする。

いわゆるファーストコンタクトもののSFである。しかしそのテーマは、自意識とはなにか、自意識のない知性はありえるか、自意識を持たない存在と意思疎通はありえるか、という、もうかなり高邁深遠というか、どないすんねんというようなところに置かれている。

登場人物たちは物語としては自意識に対する問題を投げかけるように設定された人物ばかりである。

主人公は大脳半球を切除し、友人や知り合いから「人間もどき」「もぐら」「スパイ」「コミッサール」あるいは「中国語の部屋」と呼ばれていて、常人に理解できない天才の言葉を翻訳するのを仕事としている。ようするにそれは大脳切除によって「うつわ」だけの人間となったから、ということらしい。

彼らは褐色矮星「ビッグ・ベン」の周りを回っていて自らを「ロールシャッハ」と呼ぶ飛行物体とコンタクトをとるが、その受け答えはまるで昔LISP(厳密に言えばSLIP)で書かれた精神科医のエリザとそっくりになっている。
「いとこのことを話してくれ」ロールシャッハが求めた。
「いとこは泣きながら木に登る私を追いかけました。姪や甥やネアンデルタール人も。腹を立てているいとこのことは好きではありません」
「その木について知りたい」
あきらかにここのロールシャッハの受け答えはエリザのパロディ。これが何を意味するかは、最後のほうで明かされる。

で、結局物語は「自意識とは何か」に肉薄できたか、というとぜんぜんできていない。いろいろな人物や地球外生物を配置しながら、作者の興味ある議論やジャーゴンを羅列するだけになってしまっている。ほんとうにいろいろなことがでてきて、ハードSF作家の前頭葉の表層にはなにがあるのか、というショーケースとしては面白いかもしれない。

終わってからテッド・チャンが「特別解説」として5ページ分書いている。チャンは要するに「おお、僕もそれは気になってたんだよ、でも僕はこう思う...」という話をしている。自意識の問題はハードSF作家の興味の中心のひとつらしい、ということはわかる。

しかしまあSFとしては二流である。一応、話の筋道はあって結末もあるけど、物語の体裁をなしていない。登場人物たちに作家の興味のあるいろいろを順番に語らせただけで、テーマはちっとも掘り下げられない。ようするに、だからどうした、という話になってしまっている。そういうところは円城塔そっくりといえる(円城塔ファンには申し訳ないが、僕には彼の書くものはそういうふうに読める)。

象徴的なのが劈頭で65526個(2の16乗)という切りのいい数の流星に地球が囲まれること。でもその切りのよさはまったく説明されずに終わる。切りのいい数字の意味が物語としてはまったく無意味だった。まさにこの物語にぴったりの無意味さだった。

チャンの解説の前に、著者による文庫版40ページ近い参考文献と注釈がある。物語に出てくるいくつかのキーになる概念を説明している。とくに「意識/知性」という項目は文庫版7ページにわたる。いろいろなことを書いてあるけど、それは本来、本文に物語の一部として書くべきことであって、読者がそれを読んで注釈に表明された疑問を自分の疑問として持たせるようにしなければ、物語としての存在意義はない。

SFはただなんでも詰め込めばいいというものではない。こういう遠大なテーマは、5年とか10年自分の中で寝かせて作家として十分熟成させた上で物語に昇華させるということをしないと、上っ面だけで終わってしまって何も残らない、ということになる。まあ、10年も経つと熟成する前に腐敗したり、揮発して何もなくなったりするかもしれないけど。

まあ頭でっかちなハードSFにありがちな本でしたな。金返せ、と言うほどではないけど。
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