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「佐村河内守事件」のこと [音楽について]

「現代のベートーヴェン」と言われる佐村河内守作品の多くがゴーストライターの作だったことが本人の発表で明らかになって大騒ぎになっている。

今日ライター側の会見もあり、この時点でまだ事件は収束していないし、僕が言わなくてもいろんな人がいろんなところでいろんなことを言っているので、僕が言うべきことはあまりない。僕が言いたいのは音楽に対する評価とはなにか、そして音楽は本来、音楽以外のなにものでもない、ということ。

元祖ベートーヴェンにゴーストライターがいて、たとえば交響曲の5番がベートーヴェンの作ではなかった、とわかったらどうだろう。そのために作品の価値が下がるだろうか。作風から考えてありえない話ではあるけど、5番の交響曲の、たった4つの音から10分近い第1楽章を湧き出させ、残りの楽章をも支配する膨大なアイデアとそれを制御する構成力と密度の高さ、そしてなにより超能力ではないかと思えるぐらいの意志の強さが音からひしひしと伝わってきて、人間はここまで到達できるんだということをその存在そのものが体現していると多くの人が感じるだろう。

交響曲の5番は「ベートーヴェンが書いたから傑作」なのではないし、ベートーヴェンが難聴を克服して作曲したからでもない。音楽を聴いた人がそう評価したから傑作なのではないのか。

水木しげるは戦争中にラバウルでマラリアに冒されたあげく左手を失って復員して、それから漫画を描き始めた。水木作品の評価は作品自身の独自性にあるのであって、水木しげるのことを誰も「苦難の隻腕漫画家」なんて言わないし、彼のファンの中には彼が隻腕であることを知らない人さえいるだろう。作品の評価としてはそうあるべきであり、その意味で水木作品は幸福である。

スティーヴン・ホーキングはALSだから彼の理論が支持されているわけではないし、相対論と量子力学を矛盾を避けて結び合わせる式の変形をすべて頭の中だけでやってること(それ自身は驚きだけど)が評価されているわけではない。芸術の分野と違って物理学での評価は本来非情である。音楽に対する評価もそうあるべきではないのか。

翻って音楽の分野では、苦難の人生を送ってきたピアニストが突然にもてはやされ、素人に毛の生えた程度の演奏を聴きに人が押し寄せる、なんてことが起こっている。全盲の若手ピアニストが賞を取ったら、まだまだこれから勉強を続けるべき実力であるにもかかわらず、コンサートに引っ張りまわされる、なんてことも起こっている。

佐村河内守作品を録音したCDが何十万枚も売れたのだから、その人々の中から「それはそれ、これはこれ、作品としてはすばらしい」という声が上がってもいいのではないか。吉松隆氏は同業者の立場から作品を擁護する言葉を記しているが、彼のような「作品の擁護者」がもっと現れてしかるべきだろう(曲に対する吉松氏の評価は微妙ではあるが)。「曲は好きだったのにがっかりした」なんて人は「私は音楽とは無関係に作られたドラマに踊らされました」と認めているようなものではないか?

人がドラマを欲しがるということは理解できる。しかしそのドラマと音楽とはまったく無関係の別物であって、ドラマはドラマとして評価される(彼自身は非難されても「佐村河内劇場に酔いました」というのは非難されるべきではない)ように、音楽は音楽として評価されるべきである。でなければ音楽はそのうち衰退してジリ貧になることは間違いない。だいたい僕はそういった音楽に色をつけるような聞き方は大嫌いだし、なぜ嫌いかと言えばそれは音楽を言葉よりも(つまりはドラマよりも)低い位置におとしめようとするものだからである。

声楽を伴わない音楽には言葉がない。言葉がないと理解できないという誤解を持っている人たちが、むりやり言葉を音楽に付与してしまう。言葉が結びつけばわかりやすくなったような気がするが、それも誤解である。言葉で音楽が理解できるなら、その言葉さえあればいいのであって、音楽のほうは不要だろう。極端に言えば言葉は音楽に対する誤解を増やすだけではなく、聴き手から音楽を遠ざけることになりかねない。ビジネス戦略としての言葉は言わずもがなである。

ちなみに、彼(のゴーストライター)の音楽に対する僕の評価としては、「交響曲第1番HIROSHIMA」しか聞いたことがないけど、その曲は、そこからは何も生み出されない行き止まりの音楽にしか聴こえなくて、まったく評価できなかった。これに関してはこれ以上書いても後出しじゃんけんみたいなものなのでやめておく。
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