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父が死んだ

ここに書こうかどうしようか迷ったけど、やっぱり書くことにする。

僕の父が先月末死んだ。享年93歳。死因は動脈瘤解離だった。それまでピンピンしていて死の2日前に入院し、死の前日に僕と電話で話したときは「医者が大げさに言うからみんな騒ぐ」などと怒っていた。死の当日の昼まで食事をしっかり取って、退屈だと言ってあたりを散歩していたそうである。その夜解離が起こって僕は連絡をもらった。次の日の朝、西宮市にある病院に僕は横浜から遅ればせながら向かった。

身内に迷惑をかけない大往生ではあるけど、その瞬間まで当人に死ぬ気はまったくなかった。自分でも思いがけなかったのだろう、その瞬間を看取る者は誰もいなかったらしい。

僕は大学では下宿して就職してからも離れて生活していたので、いつも顔を突き合わせていたわけではないけど、親子とは不思議なもので知らずしらず影響を受けていた。

父は青春を戦争のために不本意に費やし、戦後は苦労を重ねて生活してきた。父の世代はみなそうだった。父はあまり僕に自身の若い頃の話はしなかったが、神戸大の工学部精密機械(当時は神戸高専)を卒業してある光学メーカに就職したらすぐ満州工場に配属されてそのまま徴兵された話や、その工場で作った双眼鏡を渡されて馬に乗って丘の上まで斥候に行かされた話や、終戦後広島を経由して神戸に戻ったが仕事はなく古自転車を修理したり、その余った(余らせた)部品を使ってもう一台でっち上げた話なんかを聞いたことがあった。

僕は小さいころに、音楽や絵画の趣味を父から教わった。神戸市立中央図書館の主幹としてドイツグラモフォンのレコードを所蔵のために購入してはときどき自分の子供に貸していた。当時小学生の僕には父が持って帰ってくるレコードが楽しみだった。ジャケットに書かれた「Beethoven Symfonie mit Chor op.125」などのタイトル以外は僕には全く読めなかったが、どれもすり減るほど何度も聴いた。一方で大判の美術書は禁帯出だから見たければ図書館に来い、と言われた。レコードも禁帯出のはずだったけど、蔵書が見た目に痛むのはやっぱり避けたかったらしい。

僕が就職して、大学で勉強した物性に関する仕事をするのではなく、これから新しく光学の勉強をするように言われたと父に話すと、押入れから真っ茶色になった分厚い本を2冊取り出してきて「俺はこれで勉強した」と渡してくれた。1冊は光学の教科書でもう1冊はガラスカタログだった。中身はどちらもドイツ語だった。


父はなんでも自分でする人だった。小さい頃の僕や僕の弟が欲しがるおもちゃを、木や発泡スチロールなんかで自分で作って与えた。「マイティジャック号」やアポロの月着陸船の模型は、出来るまでは僕の友達は綺麗なプラスチック製のを持っているのに僕のは父親が作ったもので、そんなの誰にも見せられない、と思ってたけど出来上がってみるとかなり精密かつ大掛かりで、僕は最初文句を言ったのも忘れて見せびらかしてまわった。

父はたまに料理もした。僕は子どもの頃、たまに父が握る寿司が特に好きだった。当時の関西圏は肉は高かったが魚は種類が豊富で安かった。あるとき父が「関西では昔は寿司といえば押し寿司のことだった」と言って蒸しアナゴの押し寿司を作ったことがあった。僕は子供心にこれはすごく美味いとびっくりしたのを今でも覚えている。そのとき父は押し寿司用の箱型の木枠まで自分で作っていた。それまでの何週間か休みになると黙々と木を切っては鉋がけをして、大きめのかまぼこ板のようなものをたくさん作っていた。それで何をするのか家族の誰も知らなかった。

僕が就職してしばらくしたある日家に帰ると、家中が木彫の仏像だらけになっていたことがあった。知り合いから木彫用の素材を小山になるほど大量にもらったのだという。丸彫りやら組み合わせたものやらいろいろで、「たくさん作ったけどあまり上手くはならんわ」と言いながら次のを彫り始めていた。

神戸の震災で家の真下に亀裂が走って家の土台がふたつに割れてしまったとき、市の被害認定が半壊になってそれでは修理費用の足しにはならない、と言って自分で土台部分に楔を入れてはセメントを流すということを繰り返して、何年もかけてとうとうたった一人で元どおりにしてしまった。


「自分でなんでもやろうとする」というところは僕も似たようである。その姿勢がいつも良い結果をもたらすと言うことはないけど、僕にはもう染み付いてしまっている。僕もこの性質を墓場まで持っていることになるんだろう。
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