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むかしのこと [日常のあれやこれや]

先々週だったか、娘んちに行って話をしていて思い出した。

今年2月末に死んだ僕の父は生前、神戸市立中央図書館の主幹(館長ではなく司書の親分みたいなのらしい)をしていて、小学校3、4年ごろの僕はかなりの頻度で父の仕事場に行った...

当時は忘れもしない高速神戸駅から大倉山まで歩いて行き来した。初めて行ったときは父に連れられておっかなびっくりで入ったんだけど、何度もいくうちに正門からではなくいつも公園側の職員の通用口から「主幹の息子さん」という顔で図書館に入った。通用口から事務所に入って司書のひとたちが仕事をしている机のわきを通っていった。

実は父に会いにいくわけではなくて、僕の図書館でのお目当は禁帯出の大判の美術書と、職員通用口を入ったところのどんつきの棚の中身だった。美術書では小学校の図書室にはないシュールレアリズムの画集を小学生の手ではページをめくるのも難しいほどの大きな版で見ることができた。

そして通用口どんつきの棚には図書館の蔵書にできない雑誌の付録が積まれていた。付録といっても小冊子とかではなくて厚紙の組み立て式のものばかりで、おそらくそのまま破棄されるものだったんだろう。あるとき父に「その棚ので欲しいものがあれば持って帰っていい」と言われて初めて漁ったんだけど、そのうち一人で行っても顔を知っている司書のひとに断れば、ダメと言われることはなかった。少女誌の肩のところに折り返しのある着せ替えみたいなのはどけて、少年誌や学習雑誌の付録を漁った。

黄色っぽいボール紙か、あるいは薄いめの厚紙にカラー印刷されて、ボール紙には子供でも切り離せるように一部を残したかたちで切り込みが入っていたり、折り目にはあらかじめ折りぐせがつけられたりしていた。動かせるようにハトメと割りピンでつなぐ部品とかもあった。それを丁寧に切り離して、組み立てると戦車や船や機関銃になった。

そういった付録欲しさに、父がいるいないにかかわらず月に1回以上図書館に通った。もちろんいつもあるわけではなくて、「ボウズ」の日も多かった。小学生にとっては電車賃(当時片道200円近かったと思う)をかけて「ボウズ」というのはかなりキツくて、その分を取り返そうと禁帯出の書庫をうろつきまわったりした。僕のお気に入りは大判の美術全集で、とくにダリやデルヴォーやピカソやマグリットの入った巻だった。今思えば、当時みなさんご存命だった。

また今思えば、雑誌付録に関して言えば往復の電車賃で十分本誌ごと買える値段だったはず。僕は当時、そういう単純計算さえできない子供だったようである。僕には友達はほとんどなくて、放課後はひとりで遊んでいることが多かった。そして当時は小説を読む面白さをまだ知らず、文字の詰まった本を手に取ることはまったくなかった。



そんなある日、父が本来は禁帯出の30cmレコードをうちに持って帰ってきて、僕と弟に鳴らして聞かせた。初めてのレコードが何だったのかは思い出せない。その後も何回かあったけど、かならず袋になっただけ(見開きではなく)のジャケットに入っていて、裏には読めないアルファベットが並んでいた。

小学校に入ったばかりのころに無理やりピアノを習わされた結果、音楽に挫折したと思っていた僕はこのレコードから鳴る音楽に完全に虜になった。突然知らなかった世界に目を見開かれてしまった、という感じだった。さすがに「主幹の息子さん」では禁帯出印のついたものを外に持ち出すことはできなくて、どんどん違う曲を持って帰ってきてくれ、と父に懇願するようになった。

最初は曲名もわからず、作曲者も知らず、父はそれを説明することはなく、次々にただ聞いた。そのうちBeethovenとジャケットにあるのはベートーベンの曲だ、ということがわかるようになってきた。父は僕が小学校5年生の間にベートーベンの交響曲を全曲、さらにモーツァルトベルリオーズドヴォルザークチャイコフスキーの交響曲のレコードを持って帰ってきては自分の子供に鳴らして聞かせた。僕は最初のうち作曲者の区別もつかなかったけど、やがて作曲家ごとにはぜんぜん違う、ということもわかってきた。そしてとうとう小学校5年生の夏休みあけの1ヶ月以上にわたって、放課後うちに飛んで帰ってはベートーベンの交響曲第9番の第1楽章と第2楽章を聴く、ということを毎日毎日繰り返した。ハマった、というやつである。

これを転機に雑誌の付録にも大判の美術書にも完全に興味を失って、図書館に一人で行くこともなくなった。そのおかげで、わずかなお小遣いを電車賃に消費することもなくなったが、今度はもっと高価なレコードを自分で買いたい、と思うようになっていった....

だからどうした、というような話ではないんだけど、父が死んで、昔の父のことを思い出すようになった。良い悪いは別にして父からの趣味の影響はやっぱり大きい。それが人格形成にも影響を及ぼしていることが今更ながら思い知らされる。
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