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Brad Mehldauが面白い [ジャズ]

先々週くらいからBrad Mehldauというピアニストばっかり聴いてる。僕はアンテナ超低いジジイなのでこれまで知らなかったが、世間ではけっこうな人気らしい。いや、知らなかったというのはウソでもう何年も前、女房が「面白いから」と僕に聴かせたらしいんだけど、僕はちょっと聴いて「難しいことをすればいいと思ってる」とかなんとか否定的なことを言ったようで、女房はそれからCDを買ったりYouTubeをチェックしたりと、一人でやってたらしい。それも僕は知らなかった。

去年トリオで来日したとき(もちろん僕は知らなかった)女房は聴きに行こうとしたんだけど、僕が興味を示さなかったのと、サントリーホールの大ホールでのコンサートだったので、結局やめたという。ジャズのトリオなんかもっとデッドな環境で聴かないとなにやってるかわからない、ということだった。

たまたま僕がなにかで聴いて面白いというと、女房は「今さら何言ってるの?」と言って手持ちのCDなんかを貸してくれた。それからずっと聴いてる....

面白いのはやっぱりトリオのライブで、ソロライブもいいのがある。でもスタジオ録音やカルテット以上の編成ではイマイチなのが多いように僕には思える。

どこが面白いのか、というとまず、とにもかくにもバカテクだというところ。細かい音符でも粒が揃っていてしかもすごくタッチが軽い。それだけでも聴いていて心地よい。そして添え物になりがちな左手もしっかり活躍する。テンションたっぷりの和音や、右手とオクターブユニゾンのフレーズ(案外多用してる)や、両手で2声の対位法みたいなのまで出てくる。

トリオの他のメンバもバカテクさ加減は生半可ではない。ベースは軽々とした音色のフレーズをぶりぶりという感じの推進力で弾きたおす。ドラムはちょっと地味に聴こえるけどそれは比較の問題で、タイトで的確で、でも繊細さのある音を詰め込んでくる。ただバカテクなだけでなく、この3人のほとんどそれぞれ勝手にやってるかのようなインプロビゼーションが実にスリリングでしかし一体感があって、なんと言えば良いか、めちゃくちゃカッコいい。

音楽のスタイルとしては基本的にはバップの伝統的なコードジャズなんだけど、和声は拡大されてテンションだらけ、リズムも細分化されて元のリズムを見失う直前まで行く。でもコード進行を無視することはないし、ビート感は曲中、ドラムソロの間でさえずっと確保される(ピアノは休むのではなくオブリガートを弾いてることが多い)。

ある面、コードジャズの究極みたいな音楽になっていて、理解するためにはジャズに対するそこそこ高いリテラシが要求される。ジャズを知らない人が聴いて、和声もリズムもメロディもどうなってるのかわからないぐちゃっとした生楽器の音響のかたまりとしか捉えられない、ということも十分ありえる。

まあ、でもそれはクラシック音楽でも同じだし、ロックやはたまたニコ動のボカロ曲なんかでも同じで、ある程度行き着くとことまで行って表現が高度化されるとどんな分野でも起こることである。表現する側だけでなく受け取る方にもある。つまり人間には飽きるということがあって、いつまでも「僕はあの子にくびったけだぜぇ」ではつまらなくなるものである。

バカテクなだけでなく僕が面白いと思ったもう一点、彼ら独自の特徴がある。それは「変拍子」を使うこと。変拍子は近現代のクラシック音楽とプログレシブロックのオハコで、ジャズのスタンダードでは実質的にブルーベックの「テイクファイブ」が5拍子なくらいで、あとは3拍子の曲さえすごく少なくて(コルトレーンの熱演が忘れられない「My favorite things」は3拍子の数少ないスタンダード)、おそらく90%以上が4拍子系になっている。

それはなんでかというと、変拍子はやっぱり人間にとって不自然で、そういう不自然な要素は、ジャズが最も重要だと考える自由なインプロビゼーションを阻害するからだろう。インプロビゼーションをもっとやりやすくするために始めたモード奏法でも、リズムには手をつけなかったし、フリージャズでは変拍子を通り越して拍子やビート感を無視する方向に行ってしまった。ある意味、変拍子はジャズでタブーとも言える真空地帯になった(ちなみに、フリージャズは過去のものになって久しいけど、モードジャズも気がつくとすでに同じかもしれない。若い頃浸りきっていた僕には驚きでもある)。

ところがこのMehldauたちは違う。最初、奇を衒った極端なシンコペーションでも使ってるのかと思っていた。ところがこないだYouTubeでアルバム「Art of the trio vol.4」の1曲目の「All the things you are」の採譜してるのを見て驚いた。わかりにくいシンコペーションかと思ったら7拍子だった。

「All the things you are」はジャズのスタンダード中のスタンダードでいろんな人がやってるのを聴いてきた。この曲は四度進行(ジャズで言うツーファイブ)とmaj9の和声を同基音のm9に取り替える進行の中に、半音の強制上行がたまに含まれて、遠い調へ行って帰ってくるという、ジャズらしいというか、どっちかというとジャズにありがちなコード進行で、ジャズ演奏者なら手に馴染んでるというのがあるんだろう。いろんな情緒のいろんなテンポの演奏がこれまであった。

しかし、Mehldau以外はすべて4拍子だった。Mehldauのをぼーっと聴いていたときは、超高速バップで、変なところにアクセントがあったり、小節の途中でコードが変わっているのか、と思っていたけど、この採譜を見て理解した。これを採譜するというのもまた別の意味でとんでもなくすごいけど、ちゃんと7拍子で最後までやってることがこれでわかる。

ベースはバルトークみたいな4+3=7拍をずっとコンスタントになぞっていて、その上でピアノはかなり自由なフレージングをしている。しかし左手は7拍子の小節のコードの切れ目で変わってるし、小節に合わせてフレーズを切ったり、小節を跨ぐフレーズのスケールが変わったりしていることがわかる。トリオはその7拍子をずっと守りながら「こう言うのもアリだよな」くらいの軽いノリで、しかし力強く、凡百の「All the things you are」を乗り越えていく。そして気の利いたオマケのように原曲のフェイクを左手に紛れ込ませたりする。自然に7拍子ができるとは思えないので、彼らはよほど意志の強い人たちか、あるいは7拍子が体に馴染むまでやり尽くしたのだと思われる。

これを聴いたあとは、名演と言われる録音も含めて、ほかのどんな「All the things you are」もヌルく感じでしまう。恐ろしいほどの演奏である。そうやって彼らの他の曲を聞き直してみると、ソロも含めて変拍子の曲がいくつも(どうも7拍子が多い)みつかる。どれも「変拍子?それがどした?」みたいに軽々とこなしている。注意してないと変拍子だと最後まで気がつかなくて、拍子を数えながら聴き直して「おお!」とか言う曲もある。まったく、すごい。

僕も在宅でずっといて、女房と二人で鳴らすせいでうちではMehldauばかりがずっと鳴ってる状態が続いている。こないだ女房は、これとは別にMehldau抜きのリズムセクションにサックスを加えたやっぱりトリオのFlyのCDを手に入れた(3枚あるうち最初の1枚はすぐ廃盤になってしまっていてまだ探し回っている)。これは、また、なんというか、ストイックなウェイン・ショーターがついにアッチの方へ行ってしまった、というようなシンプルというか、もうちょっとなんとかせえ、と言いたくなるような音楽だけど、これもついつい気がついたらーぼっと聴いてしまっている。

思いがけなくいろんなひとが年寄りにも面白いことをやってくれているもんだ。長生きすればもっと面白いことがあるかもしれない。
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