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ショスタコーヴィチ交響曲第10番について - その3 [音楽について]

昨日は音楽の入れ物である「ソナタ形式」の成り立ちと、それがどう拡散していったかをざっくりおさらいした。ソナタ形式の生まれ故郷である西ヨーロッパではすでにその欠陥が明らかになってそこからの脱却が模索されていたが、ショスタコーヴィチが生きた当時のソビエト楽界では伝統的かつ模範的な『今も価値ある』手法だった。彼はその10番の交響曲を徹底して模範的に仕上げることに挑戦したらしい。今日はどのくらい模範的だったかを見る。

4  曲の構造

それぞれの楽章の構造を見てみる。

4.1  第1楽章

第1楽章は遅い目のテンポの3拍子で貫かれる。提示される要素は
  1. 低音弦から始まる序奏
  2. 歌のような第1主題
  3. 逆に器楽的半音階的な第2主題
  4. そしてふたつの主題の間のつなぎの部分に現れるフレーズ
である。
序奏の主題は図のように終始低音弦で鳴らされる。
0720fig05.png
この音階を見てみると図-6のような減七音階(ディミニッシュトスケール)でできていることがわかる。
0720fig06.png
この音階は2度音程の長短長短が繰り返されていて、長2度音程の上にも下にも短2度がくる。これは普通の7音階では現れることのない配列で彼の有名なD-S-C-H音形はちょうどこの音階に組み込むことができる。

ただし、この音階には完全5度音程は含まれない。つまりドミナントの機能を果たす和音を構成できない。そこでショスタコーヴィチはこの音階にドミナントの音を加えている(図-6のカッコ内の音)。減5度音程が出現しやすく短3度上下の転調に抵抗がないので不安定に感じるが、どちらかと言えば半音階的ではなく調性的な音階に聴こえる。

序奏では音階を構成するすべての音が登場し終わる前に転調していくので構成音を完全に特定することは難しいが、この「長短長短の2度音程の繰り返し音階」が序奏の低音弦を支配している。

僕にはよくわからないが、これはユダヤ音楽に特徴的な音階らしい。この音階は同じ時期の第1番のヴァイオリン協奏曲などにも現れるが、この曲ほどは徹底していない。第1楽章では低音弦を追いかけるとずっとこればかり弾いていて、協奏曲の方とくらべるとその執拗さが逆に硬直的に聴こえてくる。

序奏主題が低音弦から離れてクラリネットに渡されるところで図-7の第1主題が始まる。
0720fig07.png
この主題は完全な自然短音階(ラシドレミファソ、ホ短調で)である。中音域の弦が対旋律を弾く。クラリネットから高音域の弦に渡されて対旋律と一緒に弦楽だけで主題が短く確保される。この部分が分解されて第1主題の展開部品となる。

しばらく経過部が弦楽で続くが、107小節めで初めて8分音符が現れる(図-8)。
0720fig08.png
これを含めて経過部の音形のいくつかが重要な展開部品となっている。経過部を材料にしたトゥッティのあと、ちょっとだけテンポがあがって図-9の器楽的な半音階フレーズによる第2主題が始まる。もぞもぞと動き回るような8分音符のフレーズが木管のソロをわたっていく。第2主題は半音階を含んではいるが、G(ソ)の音の周りを行ったり来たりするので調性感は保たれたままである。
0720fig09.png
これらの展開部品となるフレーズは音階も違っている。整理すると
序奏 減七音階
第1主題 自然短音階
第2主題 半音階
となっている。

展開部は詳しく見るとこれらの部品の組み合わせでできていることは聴き流していても理解できる。それをいちいち取り上げないが、例えば展開部にたびたび出てくる8分音符の連続によるオスティナートは、
  • 圧縮された第1主題(図-10)
  • 経過部のフレーズ(図-8)
  • 第2主題(の8分音符部分)
0720fig10.png
の組み合わせとその延長だけで出来上がっているということは注意深く聴いていれば意識することができる。

これらの部品が絡み合うようにクライマックスを迎え、そのまま第1主題の再現に突入する。この部分はショスタコーヴィチお得意のファンファーレ的なトゥッティになっていて弦と木管が主題、ホルンが対旋律を繰り返し鳴らす。それに続いて金管によって序奏部がまるまる再現される。音量がおさまった後、第2主題の再現が型通りなされる。あまり長くないコーダも、和声が変更された序奏をもう一度繰り返したあと第1主題から経過部の部分が圧縮無しでさらに展開されることでできている。第1主題の確保の部分が何倍にも引き延ばされたかっこうで第1楽章は終わる。

第1楽章はこのように序奏部主題と2つの主題が展開され尽くすという模範的なソナタ形式になっている。ただし序奏が独立した主題を持っていて、特にその性格的な音階が展開の重要な役割を担っているという点が特徴的である。

4.2  第2楽章

第2楽章と第3楽章は同じような、ソナタ形式の展開部が中間部に置き換わった3部形式になっている。中間部の後、主題が再現と同時に展開されて、ソナタ形式らしい印象を残す。第2楽章は他の楽章に比べてかなり短く、公開討論会で指摘されてショスタコーヴィチ自身もそれを欠点として認めた。冒頭の伴奏音型、「ボリス・ゴドノフ」の序奏の主題に似ていると言われる第1主題(僕には空耳にしか思えないけど)、頭に3拍子の小節が混じっているせいで歩幅がちょっとのびたような第2主題からなる。

ちなみに、討論会ではショスタコーヴィチは曲が出来上がっものには手を入れることはできない、という意味の発言をしている。また実際にも後から手を入れた作品はほとんどない。半分は本心だったろうけど、半分は強制的に書き直されることに対する防衛の意味もあったと思われる。

しかしこの楽章が短いのは、実は残ったふたつの楽章を(勢いをつけて)紡ぎだすという機能を果たしているからであり、暴力的とも言えるトゥッティの連続(そのせいで短いのにスコアのページ数はかなり多い)は後半のふたつの楽章を気分的に第1楽章から切り離す役目も持っている。第2楽章が他の楽章と同じくらいの長さだったとすると、それを埋めるための他の要素が必要となり、そうなると残りふたつの楽章の意味合いも違ってくる。短さは欠点であるかもしれないが、必然であることは理解できる。

4.3  第3楽章

第3楽章はこの交響曲の中核をなす楽章である。真ん中の楽章が核心となるのはいかにもマーラー的で、ホルンの活躍もあるせいでつい5番の第3楽章を連想してしまう。そういえば第2楽章もなんとなくマーラーの9番の第3楽章を思い出す。

冒頭は第2楽章の先頭の3つの音を半音下げたフレーズ(Ds Es E→C D Es)の第1主題(図-11)で始まる。
0720fig11.png
この主題も減七音階でできていることがわかる。図-12のように並び替えてみると音階がほぼ特定できる。調は違うが第1楽章の序奏の音階と一致することがわかる。
0720fig12.png
第2主題は完全なD-S-C-H音階を繰り返す。中間部でホルンに現れる主題(図-13)は完全4度完全5度音程だけでできていて、これまであまり現れてこなかった音程である。
0720fig13.png
ホルン主題が要所要所でピン留めするように現れる中間部はショスタコーヴィチらしい深く考え込むような雰囲気を持っている。途中にはフィナーレのフレーズの先取りもあらわれる。この部分は曲全体のダレ場であるが、凶暴な第2楽章で生成されたアドレナリンがここで分解されていく。

この楽章では第1主題は展開されていろいろなところに現れるが、第2主題とホルン主題のほうは全く展開しない。第2主題は楽器やダイナミクスは変わるがほとんどいつも同じ調で現れるし、ホルン主題は調だけでなく楽器の変化もまったくない。つまりこの主題はホルン以外の楽器で鳴らされることはない。第1楽章の第1主題再現部とそっくりなトゥッティもそれぞれがかわりばんこに繰り返されるだけである。このふたつの主題は、部品として分解されて展開されるという場面がまったくないせいで、非常に意味深な、謎めいた印象を残すことになる。

そして、疑問は提示されたが全く解決あるいは種明かしされないどころか、そもそも疑問なんて存在しなかった、とでもいうかのようにこの楽章は終わる。他の楽章と比べると展開しない主題を持つというところが違いとして際立っていて、そのために「この楽章は重要」という印象を聴き手に与えることになる。ただしなぜ重要なのかはわからないまま終わってしまう。

明日はフィナーレとまとめをする。
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室長 鉄男(むろながてつお ペン ネーム)

本日2017 8/30 初めて拝読させていただきました。いまちょうどテラークレーベルの パーボvsシンシナティ響の本曲を聴いていました。とてつもない優秀録音で、演奏もすばらしいのですが、第3楽章の中間と後半にウーとうなる重低音がかなりの㏈で録音されています。「この音はなんだろ?」と。しかし手元に総譜がなく、興味深々で 検索してみようということで。それでこのブログがHITしました。ぜひご教示いただければ幸いです。音色からたぶんコントラファゴット?の最低音(40HZくらい)でしょうか? この曲はオーディオ的にも興味つきません。
by 室長 鉄男(むろながてつお ペン ネーム) (2017-08-30 17:52) 

decafish

コメントありがとうございます。面白いお話です。40Hzというとヘ音記号の下加線4の下のEsぐらいになります。非常に低くてコントラバスでさえ4弦では出せなくて5弦の楽器になります(もちろんショスタコーヴィチでは5弦の楽器が前提ですが)。あと出せる楽器はコントラファゴットか、B管のチューバぐらいです。
この曲の第3楽章はトゥッティは少なくて、ついつい探してしまいました。これらの楽器が出てくるのは160ページの練習番号132(Le Chant du MondeコピーライトのあるBoosy&Hawkes軽装版で)piu mossoの部分ぐらいでした。そこでも最低音はEで半音階的に上がっていくので「ウー」と鳴ると言う感じではないかもしれません。そのあとでピアニシモのコントラバスのC(解放5弦)以外では、チューバのG(49Hz前後)が最低音です。
40Hzは電源ハムよりもずっと低いので楽器で意図的に鳴らす以外ないと思いますが(もちろんまともなオーケストラの録音で電源ハムが入るわけはありませんし)、少なくとも僕の持っている楽譜には上に書いた音ぐらいしかありませんでした。
ただ、低音域のチューバの音は突出しやすいので心情的に低く聴こえてしまうというのがあるかもしれません。管の基音ばかりを要求される難しい楽器です。
僕はパーヴォのこの録音を聴いたことがないので、気になります....
by decafish (2017-08-30 21:20) 

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