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「天空のリング」読了 [読書]

ポール・メルコ著、金子 浩訳。ハヤカワ文庫SF
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デイテールは面白い。ディテールは面白いよ...

主人公は5人の少年少女。彼らは、人格は独立しているが化学的な通信で思考や感覚を共有できる。彼らのような集団は「ポッド」と呼ばれ、個人がバラバラの状態よりもお互いの長所を持ち寄りあうことでより高度な能力を手にすることができる。彼らのようなポッドはこの世界では一般的な存在だけど多いのは4人までで5人ポッドというのは少数らしい。ポッドは人間の遺伝子改変の結果で、普通の孤立した人間は「独人」と呼ばれている。

主人公の5人ポッドは対外的にはアポロ・パパドプロスという名前の個人だけど5人の間ではストロム、メダ、クアント、マニュエル、モイラというそれぞれ個性を持った人格としてお互いを認識して、それぞれが得意分野を担当している。彼らは手首にパッドという化学的通信のためのチャンネルを持って手をつないで輪になることで思考や記憶や感覚を共有できる。また、離れていても首筋にある分泌腺からフェロモンを放出してそれを匂いとして嗅ぐことで意思表明や感情の表出ができる。

その昔、地球は<共同体>というほとんどの人間と、人間が作ったAIが参加する共有意識によって科学技術文明の高みに達した。「リング」という地球の静止軌道より低い位置に剛体として地球を一周する建造物まで作ったが、その後に海王星軌道のさきに<裂け目>を作って<大移住>を遂げたとされて、数十億の抜け殻となって死んだ肉体と、それ以外には小数の独人とポッドだけが残された。残された人々には彼らが<大移住>のあとどうなったのかはまったくわからない。アポロは<共同体>が残した技術と宇宙船を使って<裂け目>まで行く旅行計画の船長候補として訓練を繰り返していた。そこにおかしな事故が起こることから話は始まる。

手首のパッドは双方向通信のインタフェイスで、神経細胞のシナプスが体表面に現れたという感じに描写されている。すべての通信は化学的に行われる。フェロモンによる通信は遅いけれども遠くまで届き、身に危険がせまったときにその恐怖感を伝えることで非常時の通信にもなる。そう言う具体的な描写が面白い。

彼ら<共感>と呼ぶ共有思考の確立のしかた、<共感>が成立しなかったときの喪失感や不安感あるいは思考のスループットの低下、独人の人格を想像したときの孤独感や寂寥に対する恐怖、また独立した人格がいかにして統一されたうえで補いあっているのか、そういったディテールには本当に引き込まれる。こういう異質なものに読み手の共感や理解を促す面白さはSF固有のもの。

しかし残念ながらストーリは生煮えで、いかにも書いているうちに横滑りしてしまって物語を収束させる集中力を失った、と言う感じ。最後もバタバタッと<共同体>に関する謎の種明かしがあって結末が突然やってくる。こういうのもアイデアやディテールが勝ったSF特有の、プロとは思えない情けない現象。

しかし神はディテールに宿る。ストーリなんかどうでもええわい。ストーリテリングだけがうまい作家は掃いて捨てるほどいる。彼らに感動のストーリは書けるかもしれないけど、自分が身体改変を受けそれが当たり前になったときの感覚や、自分の思考が直接他人に影響し他人の見た視野や聴いた音を自分のものとする感覚が描けるかどうかは疑わしい。もちろん、お話が上手い方が読む方にとってはいいには違いないけど。

ところで主人公の名前がアポロというのは読んでてすぐ気がついた。その昔80年代にトークンリング型の接続でLANを形成するハードウェアを標準装備してそのLAN上の資源を透過的にアクセスできるAegisという専用のOSを持ったワークステーションがあった。そのメーカの名前が「アポロコンピュータ」だった。5人の手首のパッドによる接続はトークンリングのLANのイメージそのもの。前半の1/3ほどのところでそのイメージへの言及が種明かしのようにちょこっとある。

アポロのマシンは当時すごく面白かった。MC68000で仮想記憶を実装していた。CPUを2個積んで2個目はいくつか後の同じ命令をずっと実行している。ページフォルトが起こると2個目のCPUを止め、ページを書き換えて2個目のCPUのスタックを丸コピーして実行を継続する、なんてサーカスみたいなことをやってた。MC68010はアポロのそう言う技術が投入されて実現したらしい。トークンリングも1台をシャットダウンするとハードウェアのバカみたいに簡単なリレーでバイパスするようになってた。作者は68年生まれだそうなのでぎりぎり知ってる最後の世代か。シンパならそう言ってくれればいいのに。
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