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「プランク・ダイヴ」読了 [読書]

グレッグ・イーガン著、山岸真訳。ハヤカワ文庫SF。ずいぶん前に買ったのに全然読み進めてなかった。今日ごろごろしながら一気に読んでしまった。
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ガチハードSFオタ = イーガンの日本独自編集の短編集。彼の長編や他の中短編に出てきたSF的アイデアやプロットが共通するのが多くて既視感がある。まあ、それでもイーガンの躍如として面目ない。ますますもって帆立貝。ワシメシクテクル。

例のごとく、量子力学素粒子論相対論やら整数論から、人工知能遺伝子操作クローンニングまで、ありとあらゆる科学技術の専門用語ジャーゴンが噴出する。馴染みの無い人にはなんのことだかわからなくて読む気を失わせるには十分な量が現れる。

しかしイーガンの場合、そのジャーゴンが本来の言葉の意味や内容と物語とが整合的である、少なくとも読み手がそのジャーゴンの意味を知っていた場合にそう感じさせるように書かれているというのが彼の大きな特徴になっている。これは作品内に科学技術ジャーゴンを頻出させる似たような作家、例えば円城塔らとの大きな違いである。円城塔のジャーゴンはその意味ではなくイメージ、言葉の持つ印象が物語の中で機能している。従ってジャーゴンを知らない人にも円城塔の作品は読めるが、その意味で彼の作品はSFではなく「詩」であるということができる。

ひるがえって、イーガンは曖昧なイメージを排除する。例えばイーガンが
...自らの世界線に沿って点在する光円錐(ライトコーン) ーー 所与の地点を所与の瞬間に通過する光線のすべてでできた、様式化された円錐形の砂時計のような構造 ーー が、ホールに向けて傾き始めていた。
と書いたとき、そこには一般相対論からの理論的帰結以外の意味はまったくない。「世界線」、「光円錐」、「砂時計」といった円城塔ならそのイメージをふくらませるであろう印象的な単語には目もくれない。彼か書きたいのは一般相対論が示すブラックホール周辺の時空の構造を、いま目に見えるように描くこと、それだけである。それは大袈裟に言えば修辞の極北と言っていいぐらい即物的な描写を目指そうとしていることがわかる。

この短編集には7篇が収められているが、僕の一番のお気に入りは表題作の「プランク・ダイヴ」。 ブラックホールの特異点近傍の時空構造がどうなっているかを知るために、ナノマシンで動く人格シミュレータを事象の地平の向こう側に投入するという「ダイヴ」の話。この話の中の登場人物はみんなソフトウェアになっているので、自分自身のコピーをナノマシンで動作させてそれを投入する。人格はシミュレーションなんだけど、ブラックホールをシミュレートしても意味が無いので、中を知るためには物理的に移動する必要があるというのは皮肉な感じで楽しい。どっちみち事象の地平を超えて情報は送れないので、コピーが知り得たことをオリジナルが知る手段は無いが、それでも知る欲求を主人公たちは満足させようとする。

事象の地平すぐ近くの描写にかなりのスペースを割いていて、しかもわざわざその解説まで自分のサイトで開陳している。でもこれ自身はなんとなく科学解説書的でSFの面白さとはちょっと違う気もする。

僕の好きなのは自称「物語学者」のプロスペロと主人公たちとのやりとり。彼は肉体を持った人間が住む地球上の都市(ポリスと呼ばれる)「アテナ」から、人格データをガンマ線バーストに乗せて転送してきて、「ダイヴ」を詩的な物語として残してやろう、と言って尊大に恩に着せる。

適切な言葉で語る者がいなければ、「ダイヴ」は3日で忘れられるだろう、というプロスペロに対して
「失われる危険にさらされているものなんて、何もない。ダイヴについての情報は、あらゆるポリスに向けて発信されていて、あらゆるライブラリに記憶されている」
「それはジャーゴンが並んでいるにすぎん。「アテナ」では、そんなものより波のざわめきの方が価値がある」
修辞とは無縁な「ダイヴ」の参加者との会話はずっとこの調子でまったく噛み合ない。彼と一緒にやってきた娘のコーディリアは自分のコピーをナノマシンに乗せて「ダイヴ」に参加する。実は、彼女は父親にうんざりしていて、同乗者にこう言う。
「ボードレールはそうやって発狂しました。でも私がここへ来た目的は、物理学です」
わはははは。そうかそうか、よく言った。これはイーガンの本音でもあるんだろう、僕も大賛成で、修辞に価値があると思う連中にはやらせておけばいい。面白いことは他にやまほどある。

僕もそうやって馬鹿空と腐れ大地の間を闊歩するのだ。わははははは。
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