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YouTubeで聴くショスタコーヴィチ その3「森の歌」 [クラシック]

先日の続き。ショスタコーヴィチの「森の歌」について....

ショスタコーヴィチはジダーノフ批判を受けて音楽院の職を失ったうえに、彼の多くの曲が1948年2月14日付の命令で演奏禁止になった。共産党は彼をほとんど社会的に抹殺するに等しい状態に置いたくせに、1949年3月からベルリン経由でニューヨークでの科学文化代表会議への参加を要求した。彼は病気と演奏禁止を理由に拒否した。するとスターリン本人から電話があった。
ショスタコーヴィチ :「私の音楽は演奏禁止になっています。ニューヨークで何をするのですか?」
スターリン:「いったい誰が演奏禁止にしたんだ?」
ショスタコーヴィチ :「芸術委員会です」
その数日後、まる一年間効力を発揮していた禁止命令は撤回されて、彼のもとに医者が送り込まれた。実際に病気が見つかったが握り潰されてニューヨーク行きが決定した。かれは家族を連れていくことを主張したが許されたのは妻のニーナだけで、子供たちは彼の母親のもとに残すよう指示された。理由は明らかだった。

実際問題として、作曲家に限らず芸術家と呼ばれるひとたちは粛清されるか亡命するか、あるいは変節するかして、ソビエト国内に残っているのは西側に名前が知られることがない凡庸な者ばかりに、いつのまにかなってしまっていた。その中で飛び抜けて西側にも名前が知れ渡っている作曲家がショスタコーヴィチだった。その意味でソビエト国内では孤高の存在になっていた。

ベルリンとニューヨークでショスタコーヴィチはソビエトのスポークスマンの役目を忠実に果たした。現代音楽を退廃的だと非難した。その非難対象として名前を挙げた中にストラビンスキーも含まれていた。同国人であっても亡命者は非難の対象にする姿勢に西側の作曲家たちは眉をひそめたが、彼の子供たちが人質になっていることを当時の西側の人々が意識することはなかった。

この時期ショスタコーヴィチは、前回挙げたような糊口をしのぐための退屈な映画音楽と、発表するあてのない「引き出しのための音楽」ばかり書いていた。インタビューでの娘のガリーナの話がshostakovich.ruにある。
私が知っているのは、彼は映画のために音楽を書くことが好きではなかった、ということ。財政状況が彼に映画音楽を書かせました。映画に比べると交響曲ははるかに収入が少ない、交響曲が5曲でやっと1本の映画と同じくらいになる、とよく言っていました。ずっとあとになって、コージンツェフと一緒にシェイクスピアの映画を作ったときは、楽しんでいました。しかしそれ以外は、私が知る限りではお金のためだけに映画音楽を書いていました。
そして彼はその夏、オラトリオ「森の歌」を作曲してその年の暮れには初演に漕ぎ着けたのは前回書いたとおりである。退屈な映画音楽と「引き出しのための音楽」のどちらでもない「何か」をショスタコーヴィチは「森の歌」に見いだしたのではないか、と僕には思える。「森の歌」は非常に短期間に書かれたようだけど彼の場合、極端に速筆の作品には彼がそうせざるをえない重要な何かがあるように思える。

その「森の歌」の歌詞のあらすじは戦火に荒廃したスターリングラードを植林という自然改造によって復活させるという内容だけど、詳しく歌詞を読んでみればわかる通り、あからさまなスターリンの個人崇拝とソビエト共産党礼賛が主題だった。

スターリンが大規模な計画を発案して、戦争で打ちひしがれて希望を失っていた私たちを鼓舞してくれた、同志スターリン、ありがとう、計画を現実のものにするのは私たちに任せてくれ、素晴らしい森が出来上がるだろう、スターリン万歳、共産党万歳、というような今となってはかなりキビしい内容である(残念ながら今の時代でも「スターリン」を置き換えると聞き覚えのあるフレーズになるような名前はいくつか思い浮かぶけど)。そして、当時の西側では交響曲5番と7番の印象と、その春のニューヨークでの言動と相まって、この「森の歌」によってショスタコーヴィチの「御用作曲家」のイメージが決定的になった。

歌詞はともかく音楽は、民族的な匂いのあるわかりやすいメロディ(しかしこの時期の作品に多く現れるユダヤ風のメロディは一切出てこない)、落ち着いた渋めの色彩でふくよかに鳴るオーケストラ、輝かしいファンファーレを鳴らすバンダ、可愛らしさを強調する少年合唱、チェロの最低音と同じバス声を含む混声合唱、基本の調から遠くへ転調してしまうということはない安定感に満ちた音響、等々...といった社会主義リアリズム風、というよりは今で言うポピュリズムに従っているように聴こえる。歌詞ではなく音楽だけでスターリン個人を崇拝する内容を伝えることは不可能なので、それは当然かもしれない。

このあと「森の歌」の音楽として特徴的な部分を取り出してみようと思ったんだけど、ちょっと前置きが長くなり過ぎたので、次回ということで。
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